天外塾では、元ソニー上席常務の天外伺朗が、ソニー創業期の経営を体系化した奇跡の「フロー経営」についてお伝えしています。

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「親子の葛藤」 2014年4月29日 No.80

人生は様々なトラブルや悩みに彩られていますが、その遠因に必ず「親子の葛藤」がからんでいる、ということはゲシュタルト・セラピー以降の最近の心理セラピーで明らかにされてきました。

親との葛藤に悩んだ子が、今度はその葛藤を自分の子供に投影するという構図で、人類は何十万年と親子の葛藤の連鎖の中で生きてきた、これは人類共通の病理だ、とまで言われています。

天外塾では、そこに着目して経営者の人間力アップと名経営者への変容のお手伝いをしてまいりました。その様子は『問題解決のための瞑想法—内なるモンスターを鎮めて人生を変える』(マキノ出版)に詳しく書きました。

そのきっかけは、2005年の最初の天外塾(日本合理化協会主催)にありました。
様々な問題点を抱えている経営者が、15年前に亡くなった父親(前社長)のことを考えると、体が震えるほどの憎しみがこみあげてくる、と告白したのです。

私は、この経営者が悩んでいた会社の問題や相続問題は、深いところで父親に対する激しい怒りが要因だと直感し、親子の葛藤を解消するような瞑想を、毎朝毎晩一か月間続けるようにお願いしました。

この経営者は長年坐禅をやっており、その宿題は難なくこなし、一か月後、父親に対する憎しみがまったく消えたことに本人もびっくりしていました。
そして、悩んでいた様々な問題も次第に解消に向かいました。

この時私が、親子の葛藤を解消するお手伝いができたかというと、話はさらに8年ほどさかのぼります。
私は、1997年に十数名の日本人を率いて、スコットランドのフィンドホーンという有名なスピリチュアル・コミュニテイを訪問しました。

当時のフィンドホーンは、まだニューエイジの影響が残っており、「夢の理想郷」として若者のあこがれの的でした。一緒に行ったメンバーは、人生で大きなトラブルを抱えた人が多く、藁をもつかむ思いで癒しを求めていました。

フィンドホーンには、名の知られた霊的能力の高いカウンセラーがおり(ゲシュタルト・セラピーやトランスパーソナル系の心理療法のトレーニングを受けており、直感だけが頼りの単なるスピリチュアル・カウンセラーではない)、日本からいったメンバー全員がそのセッションを受けました。

英語がわからない人が多く、私が通訳を務めましたが、今思い出しても、とても見事なセッションを数多く体験することができました。

カウンセラーは、クライアントの抱えている問題を、丁寧に時間をかけて聞いていくのですが、いつの間にか、必ず本人の成育歴の話になっていきます。

ひとりひとりの問題は様々に違うのですが、必ずその底に親との葛藤という共通の傷が横たわっており、それに気づいたクライアントが大泣きする、というパターンが繰り返されました。

カウンセラーは、一回のセッションでは解消できないと判断したクライアントに対して、家に帰ってからの瞑想ワークを薦めていました。
1997年の天外塾で、塾生の経営者に実行してもらったのがその方法論です。

その後改良を進め、『問題解決の瞑想法』でも紹介していますが、「親殺しの瞑想」と名付けております。「親殺し」というのは物騒な命名ですが、ユング心理学がベースで、極端な表現に対する抵抗感を乗り越えることを利用した瞑想法です。

ユングは、独立した自我の獲得のためには、象徴的に親を殺さなくてはいけない、といっています。実際の瞑想ワークは、抑圧されていた否定的な情動を掘り起こして開放するだけであり、「殺す」という言葉とは無関係です。

天外塾で、多くの経営者と接してきましたが、一般の人に比べて経営者は心の底に大きな葛藤を抱えていることが多いことに気づきました。
葛藤の負のエネルギーを、上手に戦いのエネルギーに昇華して経営にあたっているのです。
ボクシングなどで「ハングリー精神」と呼ばれているのが、その葛藤の負のエネルギーです。

ところが、葛藤のエネルギーで経営しているときは、「自分が先頭に立って戦う」状態でないと精神が不安定になってしまいます。
「管理型マネジメント」は、先頭に立って戦う、というスタイルに合っていますが、指示命令をしないで、従業員の自主性に任せる「フロー経営」は不安が強く、できません。

天外塾では、「フロー経営」をお伝えしているので、経営者が「葛藤のエネルギー」から、その奥に存在する「真我のエネルギー」が使えるように変容しなければなりません。

実際の天外塾では、数名の塾生に深い瞑想ワークをお願いして、意識の変容に向かっていただきます。その様子を見ていた、ほかの塾生も変容の準備が整います。

さらに、意識の変容を促進するために、さらに掘り下げた三つの瞑想ワークのセミナーを開講しております。
「インナーチャイルド・ワーク」(幼少期の葛藤の解消)、「親子の葛藤を解消するワーク」、「運力強化セミナー」(死の瞑想を含む)
などです。

5月から「親子の葛藤を解消するワーク」が始まります。
2009年以降の天外塾卒業生のみが対象ですが、まだ若干空席がございますのでご参加をお待ちしております。
親子の葛藤は、何十万年も連綿と続いてきた人類共通の病理現象ですが、個別に解消して、連鎖を断ち切ることも可能です。

天外伺朗

「ホロトロピック・ワールド」 2014年3月27日 No.79

直近になりますが、私が主宰するホロトロピック・ネットワークの年次大会「ホロトロピック・ワールド」が4月6日に開催されます。

最初の講演者の印鑰(矢鋪)紀子さんは、お子さんのりおくんの詩集『自分をえらんで生まれてきたよ』 (6週間で13万部売上)についてお話しいただきます。

9つの難病を克服して、生きること自体が大変な10歳の男の子が生まれる前のこと、宇宙の成り立ちなど、お母さんに語っています。
女性自身(2012年6月)にも取り上げられました。
最近このように宇宙の根本原理まで理解している子どもが多く生まれており、「インディゴ・チャイルド」と呼ばれています。

どうやら、いま私たちの常識をはるかに超えた、新しい宇宙観・世界観がもう目の前に開けようとしているようです。
インディゴ・チャイルドから新しい時代の息吹を感じ取っていただけたら、幸いでございます。

もう一人の講演者原田隆史さんは、天外塾の講師の一人として、4月から「原田隆史の熱血教育塾」をお願いしております(満席、キャンセル待ち)。

原田さんは、暴力、麻薬、売春が当たり前の地域にあった「究極の荒れた学校」とまで言われた大阪市立の中学校を「陸上部の子どもたちを2年後に日本一にする」と宣言し実現させました。
子どもたちは「刑務所にいる父ちゃん母ちゃんに日本一になった自分の姿を見せたい」と、必死に頑張り、自分の人生を切り拓いていきました。
陸上競技の個人種目で7年の間に13回の日本一を達成させ、また子どもたちを更正の道へ導き、「大阪の奇跡」と驚嘆され(原田さんは「奇跡ではない」と言います)、カリスマ教師として日本中で有名になりました。

現在は原田教育研究所所長として教育関係者だけでなく、企業の経営者や人材育成者、自己を高めたい社会人に注目されています。教育や自己実現に興味ある方はぜひ、現場の生の声をお聞きください!!

もちろん、天外伺朗も講演いたします。

 

ホロトロピック・ワールド2014

「BE HERE NOW」
日時:4月6日(日)12:00-16:30 (11:00開場)
場所:東京 青山 ウイメンズプラザホール
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-67

交通のご案内
●JR・東急東横線・京王井の頭線・東京メトロ副都心線
渋谷駅 宮益坂口から徒歩12分
●東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線
表参道駅 B2出口から徒歩7分
●都バス(渋88系統)
渋谷駅から2つ目(4分)青山学院前バス停から徒歩2分

Googleマップはこちらをご覧ください。

講演者(登壇順):

天外 伺朗/「いま・ここ」にあれ

印鑰 紀子さん/「 心のものがたり」を生きる<星の子>の子育て
(先天性心蔵症患の息子さんのつぶやきを記録した詩集『自分をえらんで生まれてきたよ』が13万部のベストセラー)

原田 隆史さん/「仕事と思うな!人生と思え!」
(破綻していた中学校で陸上競技を指導、7年間で日本一を13回達成した「生活指導の神様、カリスマ教師」)

一般参加費(前売り)4,000円 会員3,000円 懇親会 5,000円

人間は高度に知性を発展させ、未来を予測して準備をし、過去を反省して成長することが出来るようになった。
しかしながら、その能力が時に災いし、未来や過去に逃げてしまい、「いまこの瞬間」にしっかりと存在することがおろそかになっている人多い。意識して「いま・ここ」にとどまると、人生は見違えるように輝いてくる。
Be Here Now !

以上 
 
天外伺朗

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ホロトロピック・ネットワーク事務局
〒151-0066 東京都渋谷区西原3-11-9 パークハウス上原4F

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03-5465-0778

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「名経営者はこうして育つ」 2014年2月26日 No.78

「フロー」とか「フロー経営」の奇跡については、今まで何度もお話してきました。
初めてこの言葉に接する方は、昔話になりますが、技術革新を連発して破竹のごとく伸びていたソニーの事を想い浮かべて下さい。

ハーバード・ビジネス・レビュー(2013年10月号)でも、1995年にソニーの経営者が代わって創業以来の「フロー経営」を破壊した、と書いており、識者の間ではかつてのソニーが「フロー経営」だったことはよく知られています。ノーベル賞を受賞した元ソニー社員、江崎玲於奈博士は、そのフロー状態を「秩序ある混沌」と表現しておられます。

アメリカの主なビジネススクールでは、かなり前から「フロー経営」を実施して奇跡的な業績を上げている、ブラジルのセムコ社や、アメリカのゴア社のケーススタディーを取上げています。
日本では、ネッツトヨタ南国や未来工業の経営が頻繁にマスコミに取り上げられています。
 
従業員が義務感で働くのではなく、工夫することに喜びを見出し、「やりがい」「働きがい」がでてきて職場がすさまじい勢いで活性化していく「フロー経営」。
また、それにつれて当然業績も飛躍的に向上する「フロー経営」は、誰にとっても理想に見えます。

しかしながら、その高い評価のわりに、実際に「フロー経営」を実行できている企業はあまり増えていません。マネジメントとしては、従業員を徹底的に信頼し、指示・命令をやめて、すべてを自主判断に任せるというだけであり、とても簡単のように思えます。
 
私自身は、1964年にソニーに入社し、創業者の井深大さんの薫陶を30年以上にわたって親しく受けており、逆にそれ以外のマネジメントを知りませんでした。
後に、井深さんの部下に対する態度が「無条件の受容」であることに気付きました。

2003年のソニーショック(ソニーが急激に業績を落とし、日本中の株価が下がった)で、はじめてそれまでの「フロー経営」が破壊されたことを知り、体系化してきました。
その内容は「人間性経営学シリーズ」として5冊の著作にまとめました。

2005年から「天外塾」を開講し、「フロー経営」をお伝えすることを始めましたが、当初は誰でも簡単に実行できる、と思っていました。ところが、実際には経営者の心の奥底に潜む、深層心理的な問題があり、それを解きほぐしていかないと「フロー経営」には移行出来ない事が徐々にわかってきました。

今回は、その私の気付きのプロセス、経営者の抱える深層心理の問題をお話ししましょう。
私自身は医療問題にも取り組んでおり、医療者のトレーニングのため、伝説のセラピストといわれた故・吉福伸逸さんのサイコセラピーワークを、6年間にわたって主催してきたことが、この気付きにつながりました。

「天外塾」開講当初は、創業期のソニー、ブラジルのセムコ社、アメリカのゴア社やパタゴニア社などの例をお話しし、「フロー経営」について論理的に説明しておりました。

しかしながら、いくら知識を獲得してもほとんどの人は「フロー経営」を実行できないという事がわかってきました。「まかせる」という、とても簡単なオペレーションが、なぜか実行できないのです。

あるいは、「まかせたけど、うまくいかなかった」という声も多く聞きました。「ソニーさんのように優秀な社員が揃っていればいいけど、うちではとても無理」というコメントもありました。

一方では、任せたらとたんに活性化してうまくいった、という例もぼちぼち出てきました。その中にはアルバイト主体の職場もあり、必ずしも選抜された優秀な社員でなくとも「フロー経営」は有効なことも証明されました。
しかしながら、この当時は「フロー経営」に移行出来たり、出来なかったりする真の要因が、まだわかりませんでした。

いきなり指示・命令をきっぱりやめるというのは、どうも不自然なので、2007年頃より、「やり過ごし宣言」というオペレーションを希望された会社にやっていただきました。
「自分の指示が違うと思ったら、自由にやり過ごしてもらって構わない」と、社長が従業員の前で宣言するのです。

「やり過ごし宣言」というのは、高橋伸夫東大教授の著書『出来る社員はやり過ごす』からヒントをいただきました。
日本合理化協会とアルマック主催の天外塾でそれぞれ実行しましたが、必ずしも「フロー経営」には移行できませんでした。

どうも経営者が表面的に行動を変えても「フロー経営」は実行出来ないようで、もっと人間の根幹、土台に相当するところから変容しなければいけない、ということにだんだん気付いてきました。
パソコンでいえば、アプリケーションプログラムをいくら提供してもダメで、OS(基本ソフト)を入れ替える必要がある、という感じです。

ちょうどそのころ、サッカーの岡田武史監督が天外塾を半年間受講され、その直後に日本代表監督に就任、「フロー経営」を全面的に導入されました。
岡田さんは、指示・命令する代わりに、皆で試合のビデオを見ているときに、ぼそっと「つぶやく」という手法など、様々な工夫をされて2010年の南アW杯で大成功されたのはご承知の通りです。

いろいろな試行錯誤の末に「フロー経営」がうまくいかない根本要因は、経営者の「コントロール願望」だ、という事がわかってきました。
普通の企業運営では、経営者は目標をクリアに提示し、それに向かって全員が走るように細かく指示を出します。
組織を自分の意思どおりに「コントロール」することが一般の「管理型マネジメント」なのです。

一般に、経営者は「やる気」が高く、従業員はそれほどでもないですね。経営者は叱咤激励し、成果主義を取り入れたり、ときには脅しも入れて従業員の「やる気」を向上させようとしますが、なかなかうまくいきません。
なぜ、経営者の「やる気」が高く、従業員はそうでもないのでしょうか。
それは、経営者は「コントロール」することに喜びを感じるからです。

経営者は、自分であれこれ考え、工夫し、指示・命令によりそれを皆で実施します。うまくいけば、どんなもんだいと自己顕示欲や自尊心が満足します。失敗しても、それは自分の成長につながります。
そうやって体を張ってリスクをとる事が「やる気」の源泉なのです。

一方、指示・命令を受け、その通りに実行している従業員は、考える楽しみも、工夫する楽しみも制限されており、体を張って挑戦する、ということもなく、どうしても受け身になっており、「やる気」がでるわけがないのです。

指示・命令をなくし、従業員が自分で工夫して何でも実行できるようにする「フロー経営」は、経営者と同じように従業員にも、工夫する喜び、体を張って挑戦する喜びがあり、「やる気」が出てきます。
ところが、今度は経営者の「コントロールする喜び」を奪うことになります。経営者が抵抗感を持つのは当然でしょう。

「フロー経営」というのは、経営者が人間的に成長し、「コントロール願望」を手放せるレベルに達していないとなかなか実行できません。

もうひとつわかってきたのは、一般の人に比べて経営者は葛藤が強いという事です。
ボクシングなどで「ハングリー精神」といいますね。幼少期からの逆境に耐えてきたボクサーが強いのです。
それは、精神的な「葛藤のエネルギー」を、戦いのエネルギーに昇華しているからです。

多くの経営者と接してくると、幼少期のトラウマや親との葛藤を抱えている人が多く、それを上手に戦いのエネルギーに使っていることがわかりました。葛藤のエネルギーが強いと、「自ら先頭に立って戦っていないと精神が不安定になる」という精神状態になっています。つまり、「コントロールする喜び」というよりは、「コントロールしない恐怖」に近いのです。

その恐怖感は、「まかせてうまくいかなかったら大変だ」というように、ちょっと違った形で本人は感じています。その奥の方には「まかせて、もしうまくいってしまうと自分の存在価値がなくなる」という恐怖感があるのですが、それは抑圧しているため、本人は感じていません。

後に、いろいろな瞑想ワークを取り入れるようになると、本人の「意識の変容」が進み、「うまくいったら大変だ」という恐怖感を感じることが出来るようになると、「フロー経営」が出来るようになる事がわかりました。

そのようないろいろな気付きを経て、2009年に「(株)office JK」を設立して、自ら「天外塾」を運営するようになると、それまでの知識伝達型の講義をやめ、まず塾生のマインドがオープンになり、自己開示できる雰囲気を作り、自らの人生を語ってもらい、その中から私が葛藤を探り出し、それを瞑想ワークで解きほぐしていく、というやり方に変えました。

全員は無理なので、2,3人の塾生を選び、それぞれの課題に対する瞑想ワークを、毎朝毎晩一ヶ月間実行する、という宿題をお願いします。
その塾生は苦しみもがきながら「意識の変容」に向かいます。

それを見守っていた、他の塾生も「意識の変容」に向かう準備が整います。
その様子は『問題解決の瞑想法』(マキノ出版)に書きました。
そのころから、「フロー経営」が出来る経営者が飛躍的に増えてきました。

2011年からは、ネッツトヨタ南国の横田英毅さん、未来工業の山田昭男さんを講師にお招きして、各3回のセミナーをお願いしました。
このお二人は、誰にも教わることなく、自分独自の「フロー経営」のフィロソフィーと方法論を開拓されています。

多くの名経営者が、重篤な病気を克服した体験をお持ちなことは世の中でよく知られています。
このお二人は重病を経験することなしに名経営者に育ったのですが、横田さんはおじいちゃん、山田さんはお母さんに「無条件の受容」を受けていたことがわかりました。
幼少期に「無条件の受容」を受けてきた人が、長じて従業員に対して「無条件の受容」が出来るようになる、という原理もわかってきました。

横田さんの経営学や名経営者に育った秘密は、『教えないから人が育つ——横田英毅のリーダー学』(講談社)に書きました。
同様に、山田さんの秘密は『日本一労働時間が短い“超ホワイト企業“は利益率業界一 ——山田昭男のリーダー学』(講談社)として今春刊行予定です。

重病の体験がどうして名経営者につながるかということは、深層心理学で究明されています。
私たち文明人のほとんどは「死」から目をそらして生きているので、「死の恐怖」が抑圧され、無意識レベルでモンスター化しており、それに支配された人生を送っています。
本人は「死の恐怖」を感じていないのですが、無意識に巣くうモンスターのため、それが「コントロールしない恐怖」、「まかせて失敗する恐怖」、「まかせて、もしうまくいってしまうと自分の存在価値がなくなるという恐怖」などに投影されるのです。

重篤な病気を患うと否応なしに「死」と直面するので、本人はそこで初めて「死の恐怖」を味わったと感じますが、実体は無意識レベルで巨大なモンスターに化けていた恐怖心が、意識レベルに浮上して等身大に縮小したのです。
その体験が「意識の変容」につながることがあります。全員が「意識の変容」をすることはなく、病気になったからといって必ずしも皆が皆、名経営者にはなれる訳ではありません。

同じように「無条件の受容」というのは「バーストラウマ」を軽減し、やはり「意識の変容」につながります。
「バーストラウマ」というのは、ぬくぬくと育っていた子宮を強制的に追い出されたために負ってしまった精神的外傷であり、例外なく誰でもあります。
「バーストラウマ」が強いと、自己否定や劣等感に支配された人生になります。「無条件の受容」は、自己肯定感の強い子を育てます。

たまたま重病や「無条件の受容」を体験した人は、自然発生的に名経営者への道を歩きはじめますが、そうでない人はどうしたら名経営者に育つのでしょうか。
結局は「意識の変容」がキーなのです。

葛藤の解消のための瞑想ワークが、とても効果を上げることがわかったので、2011年からは、「天外塾」卒業生のための焦点を絞った深い瞑想ワークを開講しました。

まずは「死の瞑想」を含む「運力強化ワーク」、また2013年からは、幼児期のトラウマを解消するための「インナーチャイルド・ワーク」、および「親子の葛藤を解消するワーク」をそれぞれ開講しました。
これらの三つの瞑想ワークは、天外塾のほとんどの塾生に共通して見られる葛藤を、焦点を絞って集中的に深くワークして「意識の変容」につなげます。
名経営者への道がだんだんと姿をあらわしてきました。

ごく最近、もうひとつの道がわかりました。
それはAI、OSTなどと呼ばれる、ポジティブ組織開発の最新手法のファシリテーターに要求される姿勢がまさに「フロー経営」のマネジメントスタイルにピッタリだということがわかってきたのです。
AI,OSTなどは基本理論とトレーニング方法が確立しておりますので、それを受講すれば「フロー経営」に一歩近づきます。

私は以前、「フロー経営」のマネジメントスタイルを「長老型マネジメント」と名づけました。これは「プロセス指向心理学」の集団的ワークのファシリテーターのあり方を、創始者の
A.ミンデルがアメリカ・インディアンの長老のあり方にたとえたことが由来です。
「プロセス指向心理学」とAI.OSTは関連が強いので、この発見は必然的だったように思います。

2014年10月18(土)19(日)にAI,OSTのセミナーを佐島マリーナで開きます。
下記のお知らせと重なりますが案内文を引用します。

天外塾、横田塾、親子の葛藤を解消するためのワーク、運力強化セミナー、そしてこのAI、OSTの合宿ワークなど、名経営者への道を豊富にご用意しております。

ここでいう「名経営者」というのは、単に売上、利益、規模などを伸ばし、業績を向上させた、というレベルではなく、従業員が「やりがい」「働きがい」をもって、幸せな会社生活
を送ることが出来る経営を指します。いくら業績が良くてもブラック企業の経営者は落第です。

「名経営者」への道のキーは「意識の変容」ですから、天外塾で提供している内容は、経営者以外の一般の方々にもとても有効です。
自らの意識を変容し、よりよい人生を探求したい、すべての方々のご参加を、心よりお待ちしております。

「フロー経営」のためのリーダーシップ研修
― AI(Appreciative Inquiry)、OST(Open Space Technology)の実践的演習 ―

日時:2014年10月18日9時にJR逗子駅に集合、もしくは9時半に現地集合
19日17時解散(1泊2日)
場所:佐島マリーナ
講師:八木陽一郎、天外伺朗

概要:
横田英毅さんや山田昭男さんのように、指示・命令をしないで従業員の自主判断にまかせる「フロー経営」は、何もしていないように見えて、じつはリーダーの心のありようで結果は大きく違ってくる。
 
天外は「長老型マネジメント」「存在のマネジメント」などと呼んできた。
それが出来るためには、重篤な病気を克服した体験、もしくは幼少時に誰かに「無条件の受容」を受けていたことなどが必要なことがわかっていた。
しかしながら、病気も「無条件の受容」も体験していない普通の経営者に、どういうトレーニングを施せば、横田さんや山田さんに近づけるかは、まったく見当がつかなかった。

今回実習する「AI」「OST」などは、いま世界的に注目が集まっている最新のポジティブ組織開発の方法論だが、そのファシリテーターのあり方は「存在のマネジメント」そのままだ。それを身につけることができれば、「フロー経営」に一歩近づけるだろう。

ともすると、「俺についてこい!」式の古いリーダーシップしか世の中には知られていないが、それとは180度方向が違う新しいリーダーシップのあり方と、それによる集合的なパワーが燃え上がる様子に多くの受講生は開眼するだろう。
僅か2日間だが、これが「フロー経営」のエッセンスだ。

「長老型マネジメント」の語源は、「プロセス指向心理学」の集団ワーク(ワールド・ワーク)におけるファシリテーターの人間的特性を、ミンデルがインディアンの長老になぞらえたことによる。
「AI」「OST」との共通性が見られる。

 

講師の八木陽一郎氏は、香川大学教授の立場で「AI」発祥の地、ケース・ウエスタン・リザーブ大学の大学院に客員研究員として派遣され、AIによる組織開発の研究に取り組んでいたが、父親の事業を急遽継承するため2013年3月に帰国された。
山田塾、横田塾、天外塾を受講され、また破綻寸前の事業も短時間に建て直された。
この実習には最適な講師だと確信している。

 

八木 陽一郎(略歴)

香川大学大学院地域マネジメント研究科客員教授(2013年3月迄)、
南山大学大学院人間文化研究科 非常勤講師(2014年度)、
ユニティガードシステム(株) 代表取締役社長
元香川大学大学院教授。慶應義塾大学大学院客員教授、
ケースウェスタンリザーブ大学客員研究員を歴任。
リーダーシップと組織開発を専門とし「内省と対話」をキーワードに研究・教育活動を展開してきた。
2013年に急遽家業を継承することとなり、現在は経営者として実践の道を歩みはじめている。
経営学博士(慶応義塾大学)。主著「内省とリーダーシップ」(白桃書房)。

2014年、日本はどこへ行く 2014年1月1日 No.77

明けましておめでとうございます。

昨年は経済が大きく動き、オリンピックも決まり、日本全体がようやく大震災の苦しみから復活の方向へ動き始めたかな、と感じられる1年でした。
さて2014年、日本はどこに行くのでしょうか。

資本主義社会では、長らく「成長」ということが最大の目的のように考えられてきました。安倍内閣が評価されているのも、20年間の日本経済の低迷を脱して、活気が戻ったことでしょう。

たしかに、近代の黎明期には産業革命を成し遂げた国が他国を植民地にするのが当たり前であり、成長して軍事力を強化することが、国の死活問題でした。
それは、昔話かとも思っていたのですが、昨今の領土問題の顕在化は、相対的に日本の国力が低下したことと無関係ではないでしょう。

企業では、たとえば労働生産性が30%上がるという事は、人員が30%余剰になるという事を意味します。その会社は競争力が増すので、余剰人員を吸収するどころか、新たに人を雇って成長していくでしょう。
グローバル化が進む今日、労働生産性が上がらないとたちまち競争力を失います。個々の企業は成長すればいいのですが、国全体としては、もしGDPが成長しなければ、全体として雇用はどんどん先細りになります。

日本は、20年間ほぼ成長はゼロという期間を経て、閉塞感が高まっていました。2013年は、そこに少し光明が見えてきた年だったと思います。
しかしながら、昔ながらの「成長信仰」に、私は少し疑問を抱いております。

昨年4月に『教えないから人が育つ—横田英毅のリーダー学』(講談社)を上梓しました。一般の企業では、売上、利益、規模などの成長を最優先に考えています。横田さんのフィロソフィーは、それとは逆に数値的な目標を追わず、質の向上を最優先にします。
「量を追うと質がおろそかになり、いずれは量も手に入らなくなる」というのが、その理由です。

横田さんが、ネッツトヨタ南国(最初は、トヨタビスタ高知)を創業した1980年は、日本はまだ高度成長の真っ盛りであり、製造元のトヨタ自動車からは「もっと拠点を増やせ」というプレッシャーが盛んに来ました。
ところが横田さんは、頑としてそれを拒み、25年にわたって1拠点で頑張りぬきました。これはトヨタディーラーとしては極めて異例です。
そして、バブルがはじけてメーカーから「そろそろ不採算な拠点を閉めて拠点を減らして下さい」という指導が入っているさなかに、拠点を3店舗に増やしました。十分質が向上したと判断されたのです。

横田さんは、量を無視しているのではなく、質を追求していればいずれ量は自然についてくる、という発想です。事実、バブルがはじけたり、リーマンショックが来たりして、他のディーラーが軒並み売り上げを落とす中で、ネッツトヨタ南国はコンスタントに成長を続けました。

私は、国の運営もまったく同じだと思います。成長・成長といって量を追っかけていると、質が悪くなる事は高度成長期に体験しました。
産業界に身を置いていましたので、景気のいい話題の裏で賄賂が派手に飛び交うのも実際に見てきました。今の中国の腐敗も、高度成長の副作用でしょう。

ただし、質の追求を国の指導者が称える訳には行きません。横田さんも従業員の人間的成長を中心に経営しておられますが、それはそういう環境を設計するだけで、口が裂けても従業員には説きません。
経営者が上から目線で人間的成長などいうと、逆効果になるという事をよく心得ておられるからです。

ということは、国の施策とは無関係に、私たち市民の立場で質の向上に取り組まなければいけない、という事です。
すでに日本は、東日本大震災を通じて人々の心が「質の向上」の方向へかなり傾いています。

大切な人を亡くしたり、家や職場を失なったりすると、人生にとって何が本当に大切か、深く考えるようになります。それは、実際に被害に遭わなかった人も同じです。
富や名誉や地位よりも、もっと大切なものがあると気付いた人が3.11以来増えています。

経済成長にまぎれて、その流れがおろそかにならぬように、欲に目がくらんで道を外れる人がひとりでも少なくなるように、2014年は気持ちを引き締めて活動していきたいと思っています。

今年の日本の行く末を占うような、さわやかな正月を迎えています。
皆さまのご健康とご発展を心よりお祈り申し上げます。

「いま・ここ」に存在するという経営学
2013年11月27日 No.76

今回は、世の中の経営の常識とは正反対の山田昭男経営学のひとつの側面をお話ししましょう。

どこの会社でも、売り上げ目標、利益目標を作りますね。あるいは、店舗数など規模の目標を掲げる会社も多いです。数値的な目標以外にも、企業理念とか、従業員のあるべき姿勢など、フィロソフィカルな目標を提示します。

ところが、山田昭男さんが創業された未来工業にはそういう目標が一切ありません。上場企業なので、四半期ごとの業績予測を公表しなければなりませんが、それは外向きの数値であり、内部では一切無視します。
全社的な目標がないだけでなく、個別のセールスのノルマも一切ありません。すべてが出たとこ勝負なのです。
企業理念もなく、従業員を評価することもなく、年功序列。
あるのは「常に考える」というスローガンひとつだけです。

いままでの経営学を学んだ方からは、「何といい加減な経営なんだろう」と思われるかもしれませんが、最新のリーダーシップ学を参照すると、山田昭男経営学というのはまさに時代の最先端をいっていることがわかります。
以下にそのご説明をしましょう。

企業経営に限らず、受験勉強でも夢の達成でも、私たちは明確な目標を設定して、それに向かって遮二無二努力する、というやり方しか知りません。これは、とても有効な方法論であり、そのやり方で成功した人は身近に大勢いるでしょう。
この方法論を「目標努力型」と呼ぶことにしましょう。

ところが、たとえば「意識の変容」に向かう時、この「目標努力型」の方法論は使えません。「意識の変容」というと、ほとんどの方は縁がない、と思われるかもしれませんが、何かのきっかけで、ものの見方が変わり、人生が大きく変化することをいいます。
重篤な病気を克服すると、ときに名経営者が生まれるなどがその典型です。

天外塾では、重病にならなくても「意識の変容」を体験し、名経営者に向かえるようにお手伝いしております。
「変容」というのは、ちょうど「さなぎが蝶に変わる」ようなものです。もちろん姿形は変わりませんが、重病を経て変容した名経営者は、それまでに比べて一段と高い精神的なレベルに達しています。
このとき、「さなぎ」には「蝶」を想像する能力はなく、目標として設定することはありません。目標に向かって努力をするという方法論で進んでいると、いつまでたっても「さなぎ」のままです。

もっと「かっこいいさなぎ」になれるかもしれませんが、「蝶」には変容できないのです。
経営の世界では、「意識の変容」という言葉は耳慣れないと思いますが、宗教ではそれが本道です。仏教でいう「悟り」に向かう時、修行者はたゆまなく、次々と「意識の変容」を続けていきます。
したがって、仏教の修行の方法論は「目標努力型」ではありません。
たとえば、道元が説いた「只管打座」というのは、「悟りを開きたい」「涅槃に入りたい」「いい瞑想を体験したい」といった目的意識を手放して、ただひたすら坐れ、という坐禅の心得です。

こちらの方法論の特徴は、「目標や目的を手放す」ことのほかに、「結果に執着しない」「そこで起きるプロセスを信頼し、プロセスにゆだねる」「過去を悔やまず、未来に不安を抱かず、“いま・ここ”に存在する」などです。
この方法論を「いま・ここ型」と呼ぶことにしましょう。

意識の変容とか宗教的修行とかいうと、自分とは関係ない遠い世界の話、と感じる人が多いと思いますが、スポーツの世界では「勝つことに執着」すると勝てない事はよく知られています。
サッカーの前日本代表の岡田武史監督は「勝ちたい、勝ちたいと思っているとなかなか勝てないが、時々は勝てる。それは、相手の監督がもっと勝ちたい、と思っている時・・・」と、いっておられました。
勝つというのは結果ですから、未来の話です。勝つことに執着していると、意識は未来に逃げており、「いま・ここ」に存在できていません。
人間は「いま・ここ」に存在するときに一番力を発揮する事がよく知られています。スポーツの世界でも「いま・ここ型」はお馴染みです。

しかしながら、「オリンピックで金メダルを取る」などの目標を作ってそれに向かってトレーニングする、というやり方で成功した人は多く、「目標努力型」も良く知られております。

こちらの目標は「志」と呼んでいます。「志」というのは、どちらかというと方向性をあらわしており、結果と直接的には無関係なために「いま・ここ」に存在する事を妨げません。
強い「志」を持ち、なおかつ「執着」を手放す、というのが、今まで良く知られている「成功の王道」です。ある意味では、「目標努力型」と「いま・ここ型」を上手に組み合わせている、とも言えます。
「執着」と「志」の違いを身体的に把握できれば、人生の達人になれます。

企業経営でいえば、売上、利益、規模などの数値化出来る目標は「執着」になりやすく、企業理念などの方向性は、うまく運用すれば「志」に通じます。
横田英毅さんのネッツトヨタ南国では、売上、利益、規模は追わず、企業理念に向かって質の向上を目指しています。長い年月を経て、結局売上も利益も後から付いてくるようになりました。「志」を高め「執着」を手放す経営の典型でしょう。

ところが、山田昭男さんの経営学は「企業理念」はなく、「志」まで手放してしまうのです。会社がどの方向に進むのか、経営者はノータッチという感じです。「目標努力型」の要素はまったくなく、「いま・ここ」だけに集中した経営、といっても良いでしょう。会社名が「未来工業」であるにもかかわらず、未来を志向していないのです。
天外塾の塾生が、あるとき山田さんに「未来工業」の「未来」というのは何を意味するのですかと聞いたら、ひとことぼそっと「いまだよ」といわれたといいます。おそらく山田さんは、とても本質的な事を掴んでおられます。
それを今からご説明しましょう。

じつは「志」というのは、強力な推進力になるのですが、同時に自ら制限を設ける、という要素も否定できません。前述のように、「さなぎ」の目標が「蝶」になることを妨げることもあるのです。
思い切って「志」を手放してしまうと、もしうまくいけば、事前に自分で思い描いた以上の高次元な成長をすることもあるのです。

プロセス指向心理学という新しい心理学の一分野を切り拓いた、A.ミンデルの代表的な著作に『後ろ向きに馬に乗る』というタイトルがあります。
馬がどこに行くのか乗り手は一切関知しない、という意味です。そこで起きるプロセスを全面的に信頼し、それにゆだねる、という方法論です。

プロセス指向心理学というのは、ユング心理学と中国の「老荘思想」がドッキングしたものであり、その背景には「宇宙の計らい」に対する絶対的な信頼があります。浅はかな人間の分際で、あれこれと思い患わなくても、宇宙は常に最適な道を用意してくれる、という老師の思想を取り入れています。

じつは、AI(Appreciative Inquiry)とかOST(Open Space Technology)などの最新の組織開発の方法論にも、まったく同じ思想があります。
組織がどの方向に進んでいくかは、ファシリテーターは一切関知しない、そこで起きるプロセスを全面的に信頼する 、一切の指示命令はしない、などが原則です。場合によったら、ファシリテーターは、現場からいなくなったりします。
ただし、ファシリテーターの心のありようは厳しく問われており、少しでも信頼が揺らぐとうまくいかない、あるいは自己顕示が出てはいけない、といわれています。

私は、山田昭男経営学と、宗教的な修行の思想である「只管打座」、そしてプロセス指向心理学やAI,OSTといった手法と、奇妙な一致を見出し、それを一冊の本にまとめるべく奮闘中です。
山田昭男さんの経営を全面的に取り入れて実行するのは大変ですが、未来への不安や過去への反省に逃げないで、「いま・ここ」を意識することができれば、誰でも必ず経営の質が良くなることでしょう。

「フロー経営の真髄 」 2013年10月24日 No.75

1.ソニー凋落の要因

もう、人々の記憶からは薄れつつあるが、2003年の4月にソニーの業績が急落し、それにつられて日本中の株が暴落した事がある。
「ソニーショック」と呼ばれた。
ソニーの内部では、その2年ほど前よりうつ病が激増し、惨憺たる状況になっていた。

1964年に入社して以来、エンジニアたちが目を輝かせて無我夢中で仕事に取り組む職場しか知らず、それが当たり前だと思っていたので、酷い状況にただ驚くばかりだった。
何が違ったのか必死に考え続けた結果、2年ほどしてようやく要因を探り当てた。最初のヒントは、高橋伸夫東大教授が書いた『虚妄の成果主義』(日系BP社)という本だ。
さらに調べると、チクセントミハイという心理学者の「フロー理論」ですべてが読み解ける事がわかった。

ソニーは創業以来、私が後に名づけた「フロー経営」を実行してきたのだが、1995年にトップが替わり、ジャック・ウエルチを追っかけて全面的にアメリカ流の「合理主義経営」を導入した。結果として、それまでの「フロー経営」が徹底的に破壊されてしまったのだ。
私は、チクセントミハイの著作を片っ端から読み始めた。

 

2.チクセントミハイとの出会い

ちょうどその頃、アメリカのTED(Technology,Entertainment,Design)コンフェランスに行かないか、と誘われた。

私は新しい研究所を設立準備中で忙しく、断り続けていたのだが、ふとプログラムを見たら講演者の中にチクセントミハイの名前があった。
こういう偶然の一致を「共時性」という。
そのとき『運命の法則』(飛鳥新社)という本を執筆中だったが、最初の章に「共時性を発見したら、それに乗っていけ!」と書いたばかりだった。
まずは、自分で実行しなければいけない。私は八方手を尽くして、講演直前のチクセントミハイと昼食のアポを取った。

彼の希望は天婦羅だった。カリフォルニア州モンタレー市は海辺にあり、日本食屋も多く、天婦羅はおいしかった。
2004年2月28日のことだ。しばらく会話が弾んだ後、私は次第においしい天婦羅が喉を通らなくなってきた。

この昼食は、私に下心があり、「フローに入ると運が良くなる」ということを、何とかチクセントミハイの口からいわせたかったのだ。
ソニーの技術開発プロジェクトで、CD、NEWS(一時は市場を席巻した専門家向けコンピュータ)、AIBO(犬型ロボット)などに携わったが、明らかにチームが「フロー」に入り、毎回信じられないような好運に恵まれた話をした。
私にとって「フロー」と好運が表裏一体になっている事は信念となっており、それを「フロー理論」の提唱者であるチクセントミハイが同意してくれたら、執筆中の『運命の法則』のハイライトになるはずだった。

ところが、押しても引いても彼はYESとはいってくれない。
「たしかにね、フローに入るとマインドがオープンになるからね。
運が良くなったように感じるかもしれないね」とはぐらかされてしまう。
しつこく迫っていくと、「私は学者だから合理的な範囲でしかものがいえないよ」、ついには「そんな事をいったら私の学者生命が危うくなるよ」とまでいわれた。私は深くため息をついた。

ああ、天婦羅代が無駄になったか・・・と思った矢先、彼は「ここで講演の直前にあなたに会うことは、すごい共時性(シンクロニシティー=意味ある偶然の一致)だ」といいだした。
私は、あやうく文句を飲み込んだ。ついさっき合理的な範囲でしかものがいえない、といったばかりじゃないか。
共時性という概念はまったく合理的ではない。

彼がなぜ共時性といったかというと、その日の午後の講演で、最初のパワーポイントにソニーの設立趣意書を用意してきていたのだ。
私は当時ソニーの上席常務であり、講演の直前に私と会った事に偶然以上の何かを感じたらしい。
講演が始まると、「自由闊達にして愉快なる理想工場」という設立趣意書の英語版がスクリーンに映し出された。これが「フロー」にはいるコツだよ、というのだ。
40年以上ソニーにいたので、何千回となく見てきた文章だが、私はなぜか怒りがこみ上げてきた。

バブルがはじけた後、ソニーや富士通など多くの企業で米国流の「合理主義経営学」を導入して、日本の産業界は凋落していった。
その輸出元の米国で、米国人が米国人相手に、それと正反対の「フロー経営」を説いており、しかもそのお手本が創業期のソニーだというのだ。
チクセントミハイ本人には悪気がないのはわかっていたが、「合理主義経営学」から「フロー経営」への移行に関して、私は米国に負けてなるものか、という戦慄に震えた。

帰国してすぐ事の顛末をレポートに書いて副社長以上に配布した。当時相談役の大賀典男さんからは直々に電話があり、「素晴しいレポートだ」とお褒めをいただいた。
だが、執行部からは完全に無視された。

それから10年になろうとしているが、ソニーはいっこうに立ち直れそうもない。

 

3. 岡田武史監督との出会い 

そんないきさつがあったので、拙著『運命の法則』の後半は企業経営の話になってしまった。私の強い思いで、内容が途中で少し方向が変わってしまったのだが、それでもベストセラーになった。

この本が日本合理化協会の目に留まり、経営セミナーの開催を依頼された。かくして2005年から、全6回の「天外塾」を開催する事になった。その後、日本能率協会や神田昌典氏の(株)アルマック(当時)主催でも天外塾が開催された。

2007年アルマック主催の天外塾に、横浜F.マリノスを退団し浪人中の岡田武史監督が参加された。
岡田さんは、その時点では「管理型マネジメント」が得意な方で、札幌でも横浜でも実績を上げてこられた。しかし、その限界を感じ「フロー経営」を学びに来られたのだ。

スポーツの世界では「フロー」の事を「ゾーン」と呼ぶ。
選手が練習以上の力を発揮して奇跡を呼ぶことはよく知られていた。
しかしながら、その理論的背景、体系的な方法論はなかった。

私は研究者出身のため、物事を追求する事は得意であり、「フロー経営」を単にチクセントミハイの「フロー理論」だけでなく、脳科学、深層心理学、トランスパーソナル心理学などを駆使して体系化していた。
コーチングの元祖、ガルウェイの「インナーワーク」も参考にしたが、これは元をたどればテニスのコーチ法から出発しているので、スポーツの方法論が企業経営に導入され、それが岡田さんを通じてまたスポーツに舞い戻った感じだ。

私は引退前の数年間、脳科学と人工知能を統合した学問「インテリジェンス・ダイナミクス」を提唱して、その名を冠した研究所の所長を務め、脳科学を勉強していた。そのときに、人間の脳の中の計算で、大脳新皮質における計算が遅すぎてキャッチボールもバッティングも出来ないことを発見していた。
運動はすべて古い脳で実行されており、新皮質の干渉を排除しなければうまくいかない。
同様に「フロー」も古い脳が活性化しないとは入れない。

岡田監督は、そのような「フロー経営」の原理をよく理解し、練習法から工夫していき、2010年の南アW杯に見事に結実された。
直前までマスコミがひどく叩いていたので、多くの国民の感動につながった。当時私は岡田監督を指導したという事で、毎週のように週刊誌に取り上げられ、天外塾の人気が一挙に高まった。

W杯が終わった2010年10月から12月、「岡田武史特別セミナー」を開催していただいた。「管理型マネジメント」から「フロー経営」への180度の転換。いかに大脳新皮質の干渉を排除して古い脳を活性化するか、どういう練習をするか、どう発言するか、選手ごとに見せるビデオをどう編集するか、様々な細かい工夫が実ってW杯成功につながる道のりは、多くの経営者の感動を呼んだ。

 

4.簡単なようでなかなか出来ない

「フロー」というのは、内側からこみ上げてくる内発的動機で行動したときに入りやすくなる。逆に、お金、名誉、地位などを求めて外発的動機が強いと入れない。成果主義は外発的動機を喚起するから、「フロー経営」を破壊する。また、指示命令で動いていると、内発的動機は抑圧されるから「フロー」には入れない。

したがって、「フロー経営」というのは、従業員を全面的に信頼し、指示・命令をしないで自主性にまかせ、ノルマや結果の評価をなくすというオペレーションになる。
私自身は、ソニーの創業者の井深大氏のすぐ近くで30余年を過ごしたので、それが身に染み付いていた。
井深さんは「仕事の報酬は仕事だ」と常にいっていた。成果を挙げればもっと面白い仕事を任せてもらえ、どんどん成長できる、という喜びがソニーの活力の源だった。
それが1995年から成果主義を導入しておかしくなったのだ。

自分自身もそういうマネジメントを実行してきたので、これはごく簡単で誰にもすぐ出来る、と考えていた。ところがそうはいかなかった。
下に任せたけどうまくいかなかったという塾生からは「ソニーさんのように優秀な社員がそろっているからこそできるんじゃない」といわれた。

一方では、長年単なる専業主婦として過ごしてきた方が、何も知らずにたまたまドトール店の経営をして四苦八苦していたのに、「フロー経営」を実行したらたちまち業績が上がり、全国1400店のベスト5に入り表彰された、という事例も出てきた。従業員はアルバイトばかりで選別もしていない。
つまり従業員が優秀でなければ「フロー経営」が出来ない、ということではなかった。私は、うまくいったケースと駄目なケースと、何が違うか詳細に分析してみた。

ひとつのヒントは、天外塾の塾生の間に自然発生的に「コーチング被害者の会」が出来た事だ。
長年熱心にコーチングを学んできたのに、従業員との人間関係は改善どころか、かえって悪くなったという人が結構いたのだ。
赤の他人だとうまくいくことが多いコーチングが、経営者と従業員の間では、なぜか破綻するケースが目につく。

ひとつには、経営者と従業員の間には決定的な上下関係があることだ。
もうひとつは、経営者がどうしても従業員に対する「コントロール願望」を捨てきれないためだ。
「コントロール願望」を秘めたままの積極的傾聴は、従業員から見れば気持ち悪いだけだ。本音で接しないと人間関係は破壊される。
まったく同じように、「コントロール願望」を秘めたまま仕事を任せても、誰も「フロー」には入れない。経営者側のマインドの問題が浮かび上がってきた。

もうひとつのヒントは、後継者問題に悩んでおられる経営者に、自らの親との葛藤を軽減する瞑想を指導すると、不思議な事に自分の子どもとの問題が解消する事が多い、という発見だ。親がはるか昔に亡くなっていても、これは有効だ。
同時に、経営者は一般の人に比べて葛藤が強い事も発見した。

葛藤のエネルギーを上手に戦いのエネルギーに昇華しているのだ。
ドトール店で「フロー経営」を成功させた主婦は、経営者ではないので葛藤が少なかったのが勝因だ。

創業は特に強力なエネルギーが必要で、葛藤が強い人でないと中々出来ない。セラピストの中には、創業という行為の中に病理的な側面を見出し「創業者病」と呼ぶ人がいる。
世間では賞賛される創業を、一種の病気だとみなすのだ。
時に創業者が苦労して立ち上げた会社を追い出される事もあるが、それも葛藤の強さが原因であり、創業者病のあらわれだ。

そして「コントロール願望」は、葛藤から生まれる事もわかってきた。
つまり、通常の「管理型マネジメント」では、とても有効な葛藤のエネルギーが、「フロー経営」では邪魔になるのだ。

そういう気付きを経て、天外塾の内容は知識の伝達から、塾生の葛藤の解消と意識の変容のお手伝いをする方向へ大きく変容していった。
そのほうが「フロー経営」に早く到達できるのだ。
その様子は、『問題解決のための瞑想法』(マキノ出版)に詳しく書いた。
幸にも医療者のトレーニングのために、伝説のセラピスト吉福伸逸氏(2013年4月逝去)のワークショップを6年間主催したので、塾生の意識の変容をサポートする事が、ごく自然にできるようになっていた。

 

5.横田英毅氏との出会い

2010年4月開講の天外塾に、ネッツトヨタ南国の横田英毅さんが突然一塾生として登場されたときには、少なからず驚いた。
それ以前に、あるコンサルタント会社のセミナーで講師同士としてお会いしており、2002年に日本経営品質賞を取られ、マスコミに盛んに登場する産業界の寵児だったからだ。
翌2011年からは、講師としてお招きし、全3講の「横田英毅特別セミナー」を年2回開催している。

横田さんは「叱らない、教えない、やらせない」というポリシーで、全面的に従業員の自主性に任せる典型的な「フロー経営」を実行しておられる。
横田英毅経営学の真髄は、抽象的な「目的(理念)」をしっかりと設定して、それに向かって、たゆまなく、着々と歩み続け、長い年月をかけて「質」を追求する事だ。
逆に、売り上げ、利益、規模などの数量化できる「目標(量)」を追ってしまうと、どうしても「質」が向上せず、短期的には浮上するが、長い年月では結局「量」も得られなくなる、と戒めておられる。
世の中、ほとんどの経営学が「量」の追求を第一義に掲げているので、これはとてもユニークだ。

また、物事の底に横たわる、目に見えない根本的な要因を探り当てて「問題解決」に向かう事を指導しておられる。世の中ほとんどの指導者が、目に見える表面的な現象を改善をする「問題対処」しか教えていないので、これもユニークだ。
横田英毅経営学はとても奥が深く、簡単には理解できないが、いい人財をいかにしたら採用できるか、あるいは組織の体質改善のための無記名アンケートなど、すぐに実行できる具体的なノウハウも満載だ。
最近の天外塾では、4回にわたって無記名アンケートを実行している。
塾生は、従業員に対してアンケートを実施し、結果を整理して何のコメントもいわずに壁に貼りだすだけだが、組織の生命力がみるみる上がっていく。

横田さんが、誰にも教わることなく、このようなユニークな経営を実行できたのはなぜか、という事を詳しく追求した結果、幼少期に熱心なキリスト教信者で創業者であるおじいちゃんに「無条件の受容」を受けていたことを語ってくれた。

また、多くの名経営者が重篤な病気を克服した体験がある。
たとえば、死病といわれた頃の結核を患った稲盛和夫さんや伊那食品の塚越会長、末期癌から生還した沖縄教育出版の川畑社長などだ。
これは、心理学では重篤な病気を患い「死と直面」することにより、「意識の変容(実存的変容)」を起こすため、と説明している。
もうひとつの名経営者を生む要因が、幼少期の「無条件の受容」だが、こちらは「バーストラウマ」を軽減し、やはり「意識の変容」につながる。

天外塾では、重病にもならず、「無条件の受容」も体験していない、ごく普通の経営者を「意識の変容」に導き、名経営者に変身するお手伝いをしている。
そのために、卒業生を対象に「インナーチャイルドワーク」、「親子の葛藤を解消するワーク」、「死の瞑想」を含む「運力向上セミナー」など、深い瞑想を通じて人間の土台を再構築するワーク(それぞれ3ヶ月)を開催している。

横田英毅経営学の詳細は、拙著『教えないから人が育つー横田英毅のリーダー学』(講談社—「人間性経営学」シリーズ5)にまとめた。

 

6.山田昭男氏との出会い 

未来工業の創業者、山田昭男さんもとてもユニークな経営で知られている。
「ホーレンソウはいらん、ポパイにでも食わせておけ」というせりふは有名だ。
一般には、とても大切とされ、実行を強要されている「報告・連絡・相談」を、一切禁止いているのだ。

天外塾では2011年からは講師としてお招きし、全3講の「山田昭男特別セミナー」を3年間開講した。
2011年の最初のセミナーには、横田英毅さんが参加された。
横田さんは、未来工業には3回訪問し、それとは別に山田さんを高知にお招きして3回講演会を主催されたのだが、いまひとつ理解できない、ということで参加されたのだ。

横田さんの疑問は、「ホーレンソウや指示・命令を禁止しておられるけど、組織の中のコミュニケーションを円滑化するためには、その10倍の努力が必要だと思うのだが、何をやっておられるかが見えてこない」ということだった。
それに対する山田さんの答は、「何でコミュニケーションなんているの」だった。一番情報を持っているのは現場だから、気づいたらさっさと実行すればいい、駄目だったらさっさと止めればいい。コミュニケーションなどといっているから実行が遅くなる、というのだ。

元気が良かった頃のソニーでも、「本当に面白い商品を思いついたら、上司に内緒で物を作れ」、「失敗したら闇から闇に葬れ」などと、現場の暴走を奨励する格言が横行しており、山田昭男経営学との共通点が見られた。

しかしながら、山田さんがコミュニケーションをおろそかにしている、ということはない。
たしかに、ホーレンソウや指示・命令などの公式なコミュニケーションは否定しておられるが、非公式なコミュニケーションをとても大切にしておられるのだ。
それを山田さんは「スパイを放っているからね、情報はすべて上がって来るんだよ」といっておられる。

日ごろから人間関係を大切にしている、ということだろう。

だから、横田さんの質問に対するまともな回答は「はい、その通りです。公式なコミュニケーションがないのを補うため、非公式なコミュニケーションを重視しております」だろう。
それを「コミュニケーションなんかいらないよ!」と言い放ってしまうところが、山田さんのユニークさだ。
私はそれを「山田劇場の演出」と呼んでいる。演劇出身のため、語りが芸の域に達しており、随所に「受け」を狙った演出があるのだ。

いま、『山田昭男のリーダー学』という本を執筆中だが、芸の衣を剥ぎ、著書や講演では語られない「山田昭男経営学」の真髄に迫っていく。

 

7.人間性経営学 

企業経営は約100年前に、F.W.テイラーが製造に科学的工程管理を導入して以来、一貫して合理性を追求してきた。
その方向性を「合理主義経営学」と呼んでいる。
しかしながら、企業の進化は合理性の追及だけが動因ではなかった。

かつては「女工哀史」や「蟹工船」に象徴されるような、従業員に過酷な経営が多かったが、いまではすべてのステイクホルダーの利益をあまねく配慮した経営が常識になっている。
また、足尾鉱山事件や水俣病に代表される公害企業はなくなり、社会貢献や地球環境に配慮した「よき市民」としての企業像が定着した。

これらの理念的、精神的、倫理的な進化の原動力は、社会に偏在する「人間性の追求」だ。
過去100年の企業経営の進化は、「合理性の追求」と「人間性の追求」の激しい葛藤の歴史だ。

「フロー経営」というユニークな方法論は、合理性を追求するよりむしろ徹底的に人間性を追及した方が従業員のやる気を喚起し、かえって経営効率が上がる、という発見がベースになっている。
つまり過去100年の葛藤の歴史に終止符を打ち、「合理主義経営学」が役割を終え、今後は企業経営の進化のベースが「人間性の追求」に一本化されるだろう。

その趣旨の元に「人間性経営学」シリーズを刊行中だ(いずれも講談社)。

(1)『マネジメント革命』2006年10月

(2)『非常識経営の夜明け』2008年10月

(3)『経営者の運力』2010年9月

(4)『人材は「不良社員」からさがせ』2011年10月

(5)『教えないから人が育つ—横田英毅のリーダー学』2013年4月

 

むすび 

ソニーの凋落を契機に、「フロー経営」という新しい潮流に気づき、「人間性経営学」として体系化しつつある。
幸な事に、この方向性は儒教や老荘思想をベースとした日本の企業経営文化との相性がすこぶる良い。

今後とも研鑽を深め、日本の産業界活性化に貢献していきたい。
(このメルマガは、2013年9月の船井総研のメルマガのために書き下ろした文章を基に、加筆修正しました)

 

天外伺朗

「経営者としての土台」 2013年9月18日 No.74

ハーバード大学のビジネス・スクールといえば、幾多の優秀なMBA(経営学修士)を輩出し、日本の産業界でも多くが活躍していることでよく知られている。
30年前は、いまよりももっと評価が高く、卒業生は高給を保証され、引く手あまただった。

そのころに、低迷するアメリカにおけるコンピューター・ビジネス起死回生策として、ハーバードのMBAを雇って大失敗した話を『経営者の運力』(講談社)に書いた。その時、アメリカ人の友人に「MBAで身につくのはピザでいえばトッピングだよ」といわれた。
つまり、既に「経営者としての土台」がしっかり出来ている人が飛躍できるわけで、実務経験なしでMBAをとった人はダメなのが当然というのだ。

それ以来、「経営者の土台」とは何か、という事を考え続け、最近では「フロー経営」にまつわる様々な人間力がそれに相当する、という気づきに達している。
論理と言語が中心のMBAと、「フロー経営」は正反対の方向性だ。

ところが最近では、ハーバードでも盛んに「フロー」という言葉を使うようになってきた。
以下に引用するのは、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー(2012年10月)の、ソニーの創業者の一人、盛田昭夫の特集記事。ソニー創立10周年の記念写真を提示し、創業期のソニーが“フロー“に満ちていたというストーリーを展開している。また、2003年のソニー・ショックの後、私がチクセントミハイに会いに行ったエピソードが載っている。
ソニーの記事は過去にたくさん出たが、「フロー」に言及したのは、これが初めてじゃないかな。
この記事では、ノーベル物理学賞を受賞した元ソニー社員江崎玲於奈のコメントから「フロー」の内容を紹介している。
・・・・・以下引用(一部抜粋)・・・・・

「・・・江崎は、入社当時のソニーのカルチャーをこんなふうに語っている。それは、一口で表現すれば“組織された混沌”(organized chaos)であった、と。“部分的に見ますと技術者は自由奔放に仕事を進め、混沌としておりますが、会社全体としては、目標が明確でよく秩序が保たれておりました”

“秩序ある混沌”とも表現される、この状態は、アメリカの著名な心理学者であり当時シカゴ大学教授だった、M.チクセントミハイが提起した“フロー体験”とも重なる。“フロー“(flow)というのは、“困難ではあるが、価値のある何かを達成しようとする自発的努力の過程で、身体と精神を限界まで働かせ切っているときに生じる、最良の瞬間のこと”である。

二十一世紀初頭に迷走を始めたソニーの経営をめぐって(2003年4月の“ソニー・ショック“はその象徴)当時のCEO出井伸之と激しく議論を闘わせた上席常務の土井利忠が、チクセントミハイの“フロー“と出会ったのは、その頃だ。土井はCDの共同開発や犬型ロボット(AIBO)の開発責任者として活躍。
みずからの体験を踏まえ、かつてのソニーにあった“燃える集団づくり”を唱え、理論的背景を求めていた。そのために、チクセントミハイ教授の講演を聴きにアメリカまで出かけていった。
その会場で彼は、パワーポイントがいきなりソニーの設立趣意書第一条“真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設”を、大きく映し出したことに度肝を抜かれた。

教授は“自由闊達にして愉快なる“の箇所を特に強調し、“これがフローに入るコツなんです!”と語ったという。ちなみに土井利忠は現在、天外伺朗という名で、人材と経営風土の開発運動を主宰している創立10周年の記念写真が語るのは、そんな“フロー”な力を発揮して“秩序ある混沌”を実現していたソニーの姿だ。
江崎や土井をはじめ多くの
“時代の才能”を引き寄せ、彼らの創造力を発揮させる場がそこにはあった。

それはR&Dの現場だけではない。どの現場でも発揮しうる事だ。その時、上昇気流に乗って、はるか上空を滑空しながら、地上に這い出た一匹の野ネズミの動きも見逃さない、猛禽類の集中力を発揮できる瞬間がある。
問題は、決定的なその場、その瞬間に、どんな“フロー“を実現できるか、だ・・・」

 

天外伺朗

「教育の完全自由化宣言」 2013年8月12日 No.73

8月7日(水)に、文部科学省で約300人の職員を対象に講演をしました。

冒頭のあいさつで下村博文大臣は、「天外さんは、“教育の完全自由化宣言”という著作で、今まで皆さんがやってこられた教育行政を全面的に否定しておられます。
今日もぜひ過激な講演をお願いいたします。文科省に対するひとつのショック療法と考えています」と、述べられました。
ここまで大臣に言われたら、きれいごとでは済まされません。
ご期待に添うよう、過激な内容の話をしました。

今の日本の公教育は「与える教育」であり、献身的に国家や企業に尽くす「戦士」を育てることを得意としています。
これを私は「国家主義教育学」と名づけ、議論しています。
明治政府は教育の基礎に、ドイツの哲学者フィヒテの教育学を採用しました。それは、列強の植民地にされなかったこと、東南アジアで唯一近代化を成し遂げたこと、などに貢献した一方で、全体主義化、軍国主義化して、ヒトラーのナチスドイツと組んで世界中を悲惨な戦争に巻き込んでしまう要因にもなりました。

戦後も一面廃墟の中から立ち上がり、戦勝国のイギリスやフランスを抜いて、日本とドイツが急成長しましたが、これも両国のバックボーンであるフィヒテの教育学のお陰といっていいでしょう。

教育行政は、一般に思われているより、はるかに社会のあり方に影響を与えます。日本の歴史には、フィヒテの教育学のプラス面もマイナス面もしっかり刻みこまれています。

現在の日本社会は、すでに危機的状態を脱しており、給与水準が高いため(ドル換算:50年で約40倍上昇)高度成長に戻る可能性はなく、「国家主義教育学」のめざす「ひとつの方向に猪突猛進する、洗脳された戦士」が熱烈に歓迎される緊迫した時代ではなくなりました。

これからの日本に必要なのは、自らの尊厳と価値観に立脚し、視野が広く、個性や独創性にあふれる人材、「生きる力」をしっかりと身に着けた人材でしょう。そういう人材は「引き出す教育」で育ちます。

「引き出す教育」の系譜は「人間性教育学」と名づけました。
ルソーやフレーベルをはじめとして多くの教育学がその方向を示唆しています。シュタイナーやモンテッソーリ、最近話題のグリーンバーグのサドベリー教育なども、この系譜に含まれています。

私が一番問題にしているのは、日本の公教育にはこの「引き出す教育」が一切取り入れられていない事です。

「国家主義教育学」と「人間性教育学」の論争は、古代ギリシャから綿々と続いてきましたが、危機的状態になると「国家主義教育学」が優勢になります。
ソクラテスは、教育者は助産婦のようであるべきだと「引き出す教育」を主張しましたが、それを紹介したプラトンは、晩年「与える教育」に主張が変わりました。
その間、アテネはスパルタに滅ぼされ、悲惨な状況になったためと推定されます。

フィヒテが教育学を練ったのも、ナポレオン占領下のベルリンという屈辱的な状況下です。
日本も、明治維新直後や終戦直後の危機的状況では、おそらく「与える教育」を導入せざるを得なかったと理解できます。
問題は、世の中が平和で安定した現在でも、「与える教育」が延々と続いてしまった事です。

「与える教育」というのは、「戦士」を育てるのが得意ですから、どうしても子どもたちに対する抑圧的な負担が高くなります。社会が危機的状況下では、子どもたちは必死にそれに耐えて期待に応えようとします。
しかしながら、いまのように平和で安定的な社会では、「洗脳された戦士」が歓迎されないことを敏感に察知した子どもたちは抑圧的な「与える教育」の負担に耐えることは困難です。
結果として、不登校やいじめが増加する、と私は解釈しています。

講演はかなり過激だったのですが、ことのほか好評で、熱心な質問が続き、予定時間を30分オーバーしました。
一回の講演で何かが変わるほど世の中は単純ではありませんが、何がしかの影響はあったと思います。

拙著『教育の完全自由化宣言』(飛鳥新社)は、2006年の第1次安倍内閣の教育再生会議に対する激しい批判を出発点としています。
いまの文部科学大臣の下村博文氏は、当時副官房長官の要職にありましたが、この本に着目し、直々に私に連絡をいただきました。

それ以来、2010年まで3年以上にわたって、私は下村さんの私的ブレーン集団「教育研究会」のメンバーとして、主としてこの本の内容を討議させていただきました。
自分たちの政策を厳しく批判した人をブレーンに招くという事は生半可の度量ではできるものではありません。

下村博文著『下村博文の教育立国論』の政策部分には、本書の内容がかなり反映しています。与党時代、野党時代を経てこうして下村さんが文部科学大臣になった事はとても感慨深いです。

『教育の完全自由じゃ宣言』の冒頭に、2006年に朝日新聞に出た、さかなクンのコラムを紹介しています。
わずか700字足らずの文章で、いじめの本質的な要因も、その緊急対策も、ものの見事に書ききっています。
・・以下引用・・

「(いじめが)魚のメジナでも発生することを発見した。
せまい水槽に入れると、一匹を仲間はずれにして、みんなで攻撃を始めたのだ。けがをしてかわいそうなので、そのメジナを別の水槽に移すと、今度は別の一匹が選ばれて、ふたたびいじめが始まってしまった。”広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界の閉じ込めると、なぜかいじめが始まるのです”・・・(本書P15)」

フリースクール、シュタイナー校、サドベリー校など、「引き出す教育」を実施している学校ではいじめはありません。
広い海と同じ環境が与えられているからでしょう。
いまの日本の公教育(与える教育)は、子どもたちをせまい水槽に閉じ込めているようなものなのです。

いじめっ子を処罰しましょうという発想は、その子は特別な悪い子であり、その子を排除すれば学校社会は健全に保たれる、という発想です。これはとんでもない間違いであり、いじめっ子は特殊な子ではなく、どこにでもいるいい子なのです。
ただ、狭い水槽に閉じ込められたことに耐えられなくなっただけです。

シュタイナーの著作を読むと、100年前の学校でもいじめが問題だった事がわかります。
彼は「子どもたちに罪を背負わせてはいけない」と処罰を否定し、自然にいじめがなくなる教育的方法論を説いています(本書P34)。
100年前の知恵にもっと学びたいですね・・・。

『教育の完全自由化宣言』の最初のタイトル案は『大脳新皮質シンドローム』でした。
これは私の造語ですが、頭のいい人たちが軒並みとんちんかんなデシジョンをすることをいい、その要因を古い脳が活性化しないまま、新皮質の論理と言語だけで考えるからだ、という推理にもとづきます。
いまの社会の病理的な様々な現象は、ほとんどこの言葉で説明がつき、知識偏重のいまの公教育が「大脳新皮質シンドローム」の患者を大量生産している、というのが本書の過激な主張です。

書いているうちに次第に教育問題に傾斜していったので、タイトルを『教育の完全自由化宣言』に変更しました。
前半は必ずしも教育の話ではなく、社会全体の中で「大脳新皮質シンドローム」の例をいくつか紹介しています。

何百億円という予算を消費する国家プロジェクトが、軒並み破綻しているという事実はあまり知られていませんが、これも「大脳新皮質シンドローム」の好例です。
400億円を消費した次世代コンピュータのプロジェクト「第五世代コンピュータ・プロジェクト」が惨憺たる結果に終わった事は関係者の間ではよく知られています。

この本では、それとは別に250億円の予算を使い、日本中のコンピュータ会社と大学教授を巻き込んだ「シグマ・プロジェクト」に、私が百分の一にも満たない予算と11人のエンジニアで挑戦し、圧倒的に勝利したエピソードが載っています(P43)。
・・以下引用・・

「250億円をかけた、巨大な国家プロジェクトがガラガラと崩壊し、一幕の茶番劇と化したのだ。そのころ、通産省の局長が、わざわざソニーの社長を訪ねてきた。私のせいで国家プロジェクトが目茶苦茶になった、と文句をいいに来たのだ。局長の話を聞いて、思わず社長の口から洩れた言葉は”土井君(私の本名)はそんなに偉いのか!”だったと本人から聞いた。恐縮して陳謝することを期待していた局長は、さぞやあっけにとられただろう。
まだ意気盛ん
だったころのソニーの話だ。その少し前に、シグマ・プロジェクトに批判的な記事を書いた新聞社の記者が、直後に地方に”島流し”になったことが、話題になっていた(P51)」

このエピソードは、大勢の識者を集めて委員会方式でやるマネジメントが、破綻の要因になる、という例のひとつです。
これは国家プロジェクトだけではなく、国の施策の多くの局面で見られます。だからほとんど破綻するのです。
これが「大脳新皮質シンドローム」の実体です。

もうひとつは、少人数でも、予算がなくても、「フロー」に入り、「燃える集団」と化したチームのすごさです。
予算や人数よりも、人々の「やる気」を引き出すかどうかが、マネジメントの最重要課題なのです。

そういうマネジメントも、「フロー」に入るプロジェクトメンバーも「引き出す教育」で育ちます。
逆に「大脳新皮質シンドローム」の患者は、「与える教育」で育ちます。

今の日本にとって、どちらの教育が大切か、明白だと思うのですが・・。

 

天外伺朗

ネッツトヨタ南国の横田英毅さんの経営学を解説した『教えないから人が育つ—横田英毅のリーダー学』が4月22日に講談社から刊行されました。一ヶ月ちょっとで3刷までいきましたので、いまのところ売れ行き順調です。
横田英毅さんという実例を得て、「フロー経営」を具体的に深く掘り下げる事が出来ました。

名経営者の多くは大病を経験しています。稲盛和夫さんや伊那食品の塚越会長は死病と言われた頃の結核。沖縄教育出版の川畑社長は癌を克服されました。
重篤な病気になると、「死」と直面するので「意識の変容」が起きやすくなり、一段高い境地に着地する可能性が高まります。

横田さんは特に大病は経験されていません。そのかわりに幼少期に創業者のおじいちゃんによる「無条件の受容」を体験した様子が、「横田英毅の謎を解く」という章で詳しく語られています。「大病」か「無条件の受容」が、名経営者が自然に育つ条件のようです。

「大病」も「無条件の受容」も体験していない、ごく普通の経営者をどうしたら名経営者に導けるかということが、「天外塾」の大きな課題ですが、そのヒントがこの本には満載です。
全般的に「天外塾」「横田塾」における横田さんの発言と、塾生や私との白熱した生々しい議論をそのまま掲載しており、多少冗長なところはありますが、とても読みやすいと思われます。
もちろん、要所々々に私の詳しい解説がついています。

横田英毅さんはマスコミに頻繁に登場する超有名人ですが、驚いたことに、この本が最初の経営書です。
じつは今まで3つの出版社から、それぞれ執筆依頼があり、インタビューを受けてライターさんが原稿をまとめたのですが、3回とも原稿料をお支払いしてボツにさせてもらった、とおっしゃっていました。内容のクオリティーに関するハードルがすごく高いようです。
私の著作が名誉ある最初の横田さんの経営書として、出版のお許しをいただけた事はとても光栄です。でも・・・種を明かせば・・・天外塾での横田さんの発言をそのまま載せているので、私の記述が少なかっただけでしょう。

横田英毅さんが一塾生として天外塾にご参加いただいた時、コンサルタントの塾生から質問がありました。「もしも、会社がすぐにでも潰れそうな状況にあったとしたら、いったいどうしたらいいでしょう?」
横田さんは、自分なら従業員を集めて議論させるということです。
自分は発言せず、黙ってそれを聞いているだけ・・・。時間はかかるだろうけど、「じゃあ、みんなの給料を半分にして当座をしのぎ、頑張って盛り返そう!」といった結論を待ちます。経営者がトップダウンでそういう結論を言ったら、皆は反発し、やる気を失って破綻に向かうでしょうが、自分たちで決めればうまくいきます。

ところが、一般の企業で状況が悪くなった時の議論は、お互いに次元の低い非難合戦になるのが常であり、ひとりでに解決に向かう事は期待できません。そういう次元の低い議論と、横田さんのような問題解決に向かう議論と、いったい何が違うのでしょうか?
どうしたら問題解決の議論を主導できるでしょうか?

1991年に超優良企業と思われていたIBMの業績が急降下した時、CEOのエイカーズが、「うちの従業員は働きが悪い」と激怒したのは有名な話です。その後彼が、いかに再浮上策を打ち出してもうまくいきません・・・。

こういうメンタリティーを私は「賢者の演出」と呼んでいます。現状を賢く分析し、解決策を賢く提示し、これをやれっというやり方しかできません。
ところが、自らの責任は問わず、絶えず外側に業績悪化の要因を求めるものだから、その解決策はことごとく見当はずれ、解決には向かいません。
従業員は、「本当の要因は大型電算機の時代が去ったことに気付かなかったトップの責任」と思っているので、やる気を失ってしまいます。

「賢者の演出」にはまっている人は、沈黙が苦手です。従業員に解決策を議論させて、自分は黙って座っている、といった芸当は金輪際できません。
自らが従業員より賢いことを常にアピールしていないと生きてゆけないのです。深層心理学的には、心の底に劣等感を抱えており、その代償作用としての優越感が表に出ています。

世の中の経営者の98%位は、いかに自分が賢いかを懸命に装って、絶えずアピールする「賢者の演出」にはまっています。したがって、横田英毅さんのように、空気のように存在を消して、まったく装うことなく「愚者の演出」をするというマネジメント・スタイルがあり、経営がきわめてうまくいくという事を、ほとんどの人は信じられないでしょう。

「愚者の演出」という言葉は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』から借用しました。
西郷隆盛や日露戦争の総大将、大山巌が、戦国時代からの大将学の流れをくんで、愚者を装ってすべてを下にまかせていたといいます。
これは、まさしく「フロー経営」です。

「薩摩には戦国からの伝統として大将になった場合の方法というものがあった。
自分がいかに賢者であっても愚者の大らかさを演出演技するという一種魔術的な方法である」(司馬遼太郎『坂の上の雲』)

あるとき、ネッツトヨタ南国の若い女性が、外部のシンポジウムで「横田さんはどんな人ですか?」と聞かれ、「そうですね、ひとことでいうと戦略的に存在感を消している人です」と答えたといいます。
指示・命令・叱責・激励など一切せずに、一見何の干渉もしない・・・
だけど、横田さんの存在そのものが、すべてがうまくいく源泉になっています。
会社がおかしくなった時の従業員の議論も、横田さんが何も言わずにそこに座っているから問題解決に向かうのです。

こういうマネジメント・スタイルを、私は「存在(Being)のマネジメント」と呼んでいます。それに対して、経営者が率先して行動し、発言することを求める通常のマネジメント・スタイルを「行動(Doing)のマネジメント」と名づけました。
この本は「存在のマネジメント」のバイブルのつもりです。

6月1日にはフロー・シンポジウムがあり、横田英毅さん、天外伺朗の講演に引き続いて3人目に登場した、長尾彰さんは「今から45分後に、今ここにいる参加者全員で”翼をください”を歌います。2部合唱で、全世界が感動するほどのクオリティーに仕上げて下さい」と言っただけで、引っ込んでしまいました。
YOUTUBEで音楽を探す人、歌詞を白板に書く人、指揮をする人、楽譜を探す人などが現れ、メロディと低音部担当が分かれ、それぞれ練習して、振り付けも決まり、45分後には素晴らしい演奏になりました。

私自身もミュージシャンですが、正直いって最初はとても出来るとは思っておらず、うまくいった時には少なからず感動しました。
その間、長尾さんが発した言葉は「ここにピアノがあるよ」だけ。つまり、上からの指示命令が一切ない状態で、それぞれが全体を考え、自らの役割を規定してプロジェクトの成功に向かう、という[フロー経営」の凝縮版でした。

参加者の中で、気付いた人は少なかったかもしれませんが、ひと言しか言葉を発しなかった長尾さんがそこにいたから、うまくいったのであって、別の人だとそうはいかないでしょう。論理的な説明はできませんが、これが「存在のマネジメント」です。
意外に身近な所に「存在のマネジメント」はあるのですが、本人も含めてそれに気づいていないことの方が多いのです。

この本のタイトル「教えないから人が育つ」というのは、一般常識とはちょっと違うかもしれません。普通は人を育てようとして一生懸命教えますね。
ところが、教えて入ってくるのは表面的な知識やノウハウだけで、それを強制的に与えてしまうと自ら獲得し、成長する力は身につきません。
その事をわかりやすくいうと、「動物園で毎日餌が与えられていると、野性に戻った時自分で餌が獲得できないよ」という例になります。
企業でも学校でも、大人しく与えられた餌を食べてぶらぶらしている動物園の住人ではなく、大自然の中で逞しく活動できる野性児が育ってほしいですね。
教えてしまうと野性が育ちません。

この本は「人間性経営学シリーズ」の5冊目。このシリーズでは、いまの産業界に漂う閉塞感を一挙に打ち破る新しいマネジメント・スタイルを紹介しています。この潮流は、最近ではハーバード・ビジネススクールなどでも断片的に取り上げ始めており、ブラジルのセムコ社やアメリカのゴア社などが有名ですが、創業期のソニーでも見られたように、もともと日本の伝統的な経営に近いのです。年配の方は、むしろ懐かしさを覚える経営スタイルともいえます。

私の場合には1964年に入社した当時のソニーでたっぷりそれを体験しました。
さらに時代が進んで、1995年からソニーはアメリカ流の「合理主義経営学」を導入したために「人間性経営学」あるいは「フロー経営」が徹底的に破壊されていくのを、内部でリアルタイムに、つぶさに観察できました。その貴重な体験をもとに「人間性経営学」という新しい経営学を体系化しました。

日本では、ネッツトヨタ南国の横田英毅さん、未来工業の山田昭男さんなどが有名です。従業員の「やる気」「働きがい」「人間性の発揮」などを最も重視しており、上司から部下に対する指示命令は一切なく、従業員は自分の仕事は自分で決めます。
思いついたら上司にはかることなく、即実行できます。失敗して尻拭いする権利も与えられています。

山田昭男さんはそれを「ホー(報告)レン(連絡)ソウ(相談)はいらん。ポパイにでも食わせておけ」と表現しておられます。
勢いの良かったころのソニーでも「本当に面白い商品を考え付いたら、上司に内緒で物を作れ!」、「失敗したら、闇から闇に葬れ!」など、下の勝手な暴走を「よし」とする風潮がありました。

 

天外伺朗

「ドトールはaiの香り」 2013年4月16日 No.71

4月5日から第3期札幌天外塾が始まりました。

懇親会には、天外塾を去年、一昨年受講された1期生、2期生も大勢駆けつけてくれ、それぞれにセミナー受講後に業績が大幅にアップしたと報告してくれました。
天外塾では、売上、利益、規模、シェアなどの「量」の拡大を直接的なターゲットにはしないで、経営者の人間的な成長、組織の生命力向上、従業員の「やる気」の発揮など、数字では表せない、目に見えない経営の「質」を追求しています。

しかしながら、「質」が向上すれば、自然に業績も向上し、数字もついてきます。経営者の心理的な葛藤に焦点を当てるため、劇的なドラマが毎回展開し、はらはらどきどきの連続ですが、個人や会社のドロドロした人間関係の大きな葛藤が絡んでくるので、公開できないのが普通です。
ところが札幌では、1期生(2011年)2期生(2012年)ともに、そのドラマを漫画にして出版しようという話がもちあがり、盛り上がっております。もちろん、本人も関係者も了承済みで公開可能です。

第1期では、天外塾の宿題として1ヶ月間毎日小樽運河の清掃を実行した若い塾生が、その後も週一で清掃を続け、多くの賛同者が加わり、新聞やFM放送でも取り上げられるような大きなイベントに育っていった話です。
漫画のシナリオとしては、過去の事実だけではなく、いまから20年先までの架空の物語が追加されます。その塾生が小樽市長選挙に出馬し、1回目、2回目と落選するけど、3度目で当選する。市長の2期目で小樽の地域経済の活性に大いに貢献していた地域通貨がTPP違反だという事でアメリカから激しく糾弾を受け、泣く泣く降板のやむなきに至ったという、ストーリーが捏造されています。

その小樽運河清掃のプロジェクトには、市会議員も参加しており、商店街からもサポートがあり、塾生は本気で市長選挙に挑戦しようとしております。運河の清掃で「フロー」に入った若者の成長の物語と、行き詰まった資本主義社会に対する挑戦の話が組み合わされたスケールの大きなフィクションとノンフィクションの組み合わさったマンガになる予定です。
こちらは、出版社まで決まりましたが、小樽商大出身の山下和美さん(『天才柳沢教授・・・』)という売れっ子の漫画家にお願いしようとして交渉中ですが、まだ了承が得られていません・・・。

第2期では、普通の家庭の主婦がドトールショップを2店経営して苦労していたのですが、「フロー経営」を実行したところ、たちまち売り上げ、利益が上がり、日本全国1400のドトール店の中でベスト4に入って表彰され、店長がハワイ旅行に招待された、という実話です。
こちらは、別の塾生の会社のイラストレーターを起用する事が決まっていますが、出版社がまだ決まっていません。
その漫画のタイトル案が今日の表題の「ドトールはaiの香り」です。aiというのは、そのドトール店の名前です。

ドトールが帯広に進出しようとした時、この塾生のご主人が経営する会社に声がかかりました。ご主人は乗り気だったのですが、社内の反対意見を配慮して、突然奥様に「独立してやれ」ということになりました。
ご主人は、名目上は奥様の会社にしておいて、自分で切り回すつもりだったようです。ところが、本業が忙しくなり、結果的に主婦経験しかない塾生がひとりで経営しなければならない状況になってしまったのです。

ドトールがわは、マーケティングと細かな経営指導をするため、素人でも大丈夫だという触れ込みであり、事実、売り上げは2店合計で月800万円ほどあり、最初から集客力はありました。
ところが内情は、時給が最低の705円で、フランチャイズ料と借金の返済を支払うと収支トントンで、経営者である本人はただ働きでした。

何のためにやっているのかわからないので、やめたくても、開店時の借金の返済があり、やめられません。
お話を伺っていて、これはプロの経営者が入れば、たちまち売り上げ・利益を上げ、時給を上げることができるな、と思いました。
当初の予定通り、ご主人が切り回していたら問題なかったでしょう。

つまり、「フロー経営」など持ち出さなくても、通常の「合理主義経営」で十分に解決可能です。
しかしながら、プロの経営者が指示・命令によって改善したとしても、従業員は単にやらされただけで活性化せず、一向に成長しないし、組織の生命力も上がりません。
私はこの塾生が経営にズブの素人で、常識的な経営手法を知らないということが、かえって「フロー経営」に移行するチャンスになるな、と思いました。本人が、指示命令で改善しようとしてもできないからです。

本人は、ただ働きではなく、せめて自分も皆と同じ時給を貰いたい、というささやかな希望を持っておられたので、「じゃあ、そうすれば…」といいました。
同時に、時給を最初からいきなり上げてしまうことを提案しました。
売り上げが今のままで従業員の時給を上げ、本人にも時給を支払えば当然赤字がかさみます。従業員全員を集めて「できれば赤字にならないようにようにしたい。ともかく、売り上げが上がり、お客さんが喜び、リピーターが増える方策を何でもいいから実行してよ」とお願いすることにしました。
店長や経営者に報告せずに、思いついたらどんどん実行しよう、ということです。だめだったら、やめればいいだけです。

このように、現場が勝手にどんどん実行していくやり方を、未来工業の創業者、山田昭男さんは「ホー(報告)レン(連絡)ソウ(相談)はいらん!ポパイにでも食わせておけ!」と表現しておられます。

指示・命令で動くのではなく、勝手に何でもやっていいよ、と結果に対する責任を任せられると、人は燃えるものです。
失敗も成長の糧になるし、いい結果が出ると自信が増して、さらに人間的に成長します。そういう人が増えればとても強力なチームになります。
つまり、経営者が指示・命令で改善するのと違って組織の生命力が上がり、大きく成長するのです。

これが「フロー経営」の真髄です。通常の「合理主義経営学」では、売り上げ・利益などの「量」がよくなれば、それでOKとしますが、「フロー経営」では組織や従業員の成長という「質」を重視するのです。
「量」を追求していい結果が出るのと、「質」を追求して結果的に「量」も改善するのとは、内容的には大きな違いです。

通常は「質」が「量」に結びつくには時間がかかりますが、この塾生の場合には、時給を750円、780円、800円と小刻みに上げていき、それにつれて売り上げ利益はどんどん上がり、数か月でベスト4に入り、ハワイ旅行という結果に結びつきました。
アルバイトが中心の従業員たちはみんな楽しくなり、和気あいあいと職場が活性化したのはいうまでもありません。

このように「フロー経営」というのは、何も難しいことはなく、単に部下を全面的に信頼して、任せてしまえばいいだけです。
ただ、まかせられて部下が燃えて「フロー」に入っていくためには経営者に人徳があり、従業員に信頼されている必要があります。
つまり、お互いに強固な信頼関係がある中で「フロー経営」がうまくワークするのです。

もし、「フロー経営」にご興味がございましたら、今の職場にどのくらい信頼感が培われているか、チェックすることをお薦めします。
もし十分な信頼感があると思われたら、最初は期間を限定してでも現場にすべてをゆだねてみましょう。

あっと驚くような成果が出るかもしれませんよ。

 

天外伺朗

「葛藤のエネルギー」 2013年2月27日 No.70

一般に経営セミナーは、企業の業績が良くなる事をお手伝いする、という使命を担っていますね。つまり、売上が上がり、利益が増え、規模が大きくなれば大成功だと思われています。

株式会社として多くの保育園を経営しておられる方(Aさん)が、有名な経営セミナーを受講され、素晴らしい指導を受け、大成功されました。保育園の数が4から28に、園児の数は100人から800人に伸びて、売上も利益も大きく拡大しました。
企業の経営としては、間違いなく大躍進です。

ところが、Aさんがふと気がつくと、保育園をはじめた頃の「理想の保育」に燃えていた情熱がどこかにいってしまい、量の追求ばかりに邁進している自分に気付きました。
もちろん、その有名な経営セミナーの指導者が質はどうでもよい、という指導をしたわけではないのですが、量的拡大を目標にすると、企業としての質が低下するというのは誰でも陥る落とし穴です。
Aさんのように、自らそれに気付くことはむしろまれで、質の低下によってやがて量の拡大が止まり、どうしようもない泥沼に入っていくケースをよく見受けます。

1980年代の日本経済が右肩上がりの頃、新しい自動車販売店が設立されると、最初の4,5年で5,6拠点に展開するのが常識でした。ネッツトヨタ南国の横田英毅さんは、メーカーからの拠点展開の激しいプレッシャーに耐えて、当初の25年間は規模の拡大を抑えて1拠点で頑張りぬきました。
横田さんは安易に規模を追うと質がおろそかになる事が最初からよくわかっておられたのです。

Aさんは、規模の拡大が質の低下につながる事を、後から気付かれました。そして、昨年から新規保育園の開拓を中止し、保育の内容の見直しをするとともに、私が主宰する「横田英毅特別セミナー」と「天外塾」を受講されました。
何故天外塾を受講されたかというと、「フロー経営」を学ぶだけではなく、拙著『「生きる力」の強い子を育てる』(飛鳥新社)を読んで共感していただいたことから、「理想の保育」をさらに深めたい、というご希望を持っておられました。

ご本人の了承が得られましたので、Aさんの変容の様子をご紹介させていただきます。
私はまず、私が尊敬する二人の卓越した保育者をAさんにご紹介しました。
ひとりは長崎で斎藤公子保育を実践、もうひとりは長野でシュタイナー保育を実践しておられる園長です。
Aさんは行動力があるので、その二人の保育者にすぐに会いに行き、強く共感されました。そして、「理想の保育」の目ざすところ、つまり質の追求の方向性がクリアになりました。

横田英毅さんは、「どういう方向に質を向上させるか」ということに関して、長年のオペレーションに耐える、しっかりした方向性を打ち出し、それを追求すべく、たゆまなく少しずつ進んでいくことが「経営」だ、と定義しておられます。
逆にいうと、通常の経営セミナーで指導しているように、質の向上の方向性を確立しないまま、売上、利益、規模などの数値目標を掲げて、それに向かって邁進していくのは「経営」ではなく、単なる「管理」だというのです。

横田さんの「経営」の定義に関しては、異論がある方も多いと思いますが、このフィロソフィーがネッツトヨタ南国を誰の追随も許さない、強力な体質に導いたのは確かでしょう。
天外伺朗著『横田英毅のリーダー学』(講談社)が、4月末に刊行される予定ですが、Aさんは「塾生A」として頻繁に登場します。

もうひとつのポイントは、Aさんは経営者として従来は自ら先頭に立って切り拓き、指示命令・叱咤激励によって人を動かす、「管理型経営」を実行してこられたのを、すべてをスタッフや保育士を信頼して、まかせてしまう「フロー経営」に転換することに挑戦されました。

ここで、とても面白いのは「理想の保育」の実践と「フロー経営」の実践がまったく同じ内容になる事です。
ちょっと信じられないかもしれませんが、たまたま私が教育と経営の両方に関わったために気付いたことです。
以下、簡単にご説明しましょう。

たとえば、モンテッソーリ教育の教師は、子どもに対して指示・命令はおろか、間違いを訂正することも、褒めることもせず、100%受動的な態度が要求されます。また、装ったり、恰好を付けたりすることは厳禁で、常に正直で誠実で、本音の言動が要求されます。それらは、そっくりそのまま「フロー経営」のマネジメントにもあてはまります。

こういうマネジメントは、存在しているだけで物事がうまくいくので「存在の(BEING)マネジメント」と呼んでいます。それに対して、積極的に指示命令や行動でリードしていく通常の管理型の経営を「行動の(DOING)マネジメント」と名づけました。
「存在のマネジメント」は、基本的には何もしないのですから、誰でも簡単に出来そうなのですが、そうはいきません。

多くの経営者は、自分が先頭に立って指導していくことに大きな喜びを感じています。うまくいけば、自分の能力が十分に発揮され、自己顕示欲も満足されます。うまくいかなくても、尻拭いに力を発揮できますし、大変でも、そこに責任感と「やりがい」を感じるでしょう。
そういう行動を通じて、自らの成長が実感できます。

もし、存在するだけで下に全部任せてしまうと、二種類の不安が頭をもたげてきます。
ひとつは、失敗の不安です。経営者は元々能力が高いうえ、日々責任を感じて行動しているので、どんどん成長しており、自分が切りまわした方が短期的にはうまくいくのは客観的に事実です。
従業員は自分ほど能力が高くないので、とても信頼はできず、ぐちゃぐちゃになってしまう心配があります。しかも失敗の責任は自分が取らなくてはいけません。

もうひとつは、まかせてうまくいってしまうという不安です。
自分が関与しなくてもうまくいってしまうと、自らの存在意義を失うような感じになります。こちらの不安は、表面には出てこず、本人も意識できていないことが多のですが、深層意識的には重大です。
つまり、下に仕事をまかせるということは、失敗してもうまくいっても、どちらも不安感につながります。

したがって、「存在のマネジメント」が出来る経営者はほんの僅かであり、圧倒的多数は「行動のマネジメント」を実行しています。
そうすると、経営者が息せき切って行動し、やる気満々なのに、従業員は燃えず、不活性で、成長せず、サラリーマン化していきます。
上からの指示をただこなしているだけだと、「やりがい」はないし、燃えるわけはないし、成長もできません。

つまり、「行動のマネジメント」というのは、短期的にはいい結果をもたらすのですが、長い目で見たらひどい組織になっていきます。
経営者は「うちの従業員は、何でこうも気がきかないんだ!」と嘆きながら、超多忙の人生を送ることになります。

2005年から天外塾を開き、「フロー経営」「存在のマネジメント」などをお伝えしています。当初は、塾生に「フロー経営」が簡単に伝わると軽く考えて、理論的な説明をしてきましたが、知識をいくらお伝えしても塾生は一向に実行できない事が良くわかりました。
何故だろうと、塾生一人ひとりの人生を丹念に探っていくと、「親子の葛藤」や「幼児期のトラウマ」、あるいはしつけや教育で「あれはダメ」「これはダメ」と厳しくコントロールされた結果、子ども時代に情動に蓋をしてしまっているため、マインドがオープンにできない、ということが良くわかりました。

逆にいうと、経営者は一般の人々に比べて幼児期の葛藤が大きく、その葛藤の負のエネルギーを昇華する形で困難な仕事に取組んでいるという重大な秘密に気付きました。
これは創業者の場合に顕著であり、相当葛藤が強くないと創業の困難さを乗りきれないようです。以前、サイコセラピーのワークの中で、セラピストが「創業者病」と言っていたことがあります。創業して成功すれば称賛されますが、別の視点からは病的な側面も見えるのです。

葛藤のエネルギーというのは戦いのエネルギーです。よくボクシングの選手などで「ハングリー精神」が問題になります。幼少期に極貧などの厳しい境遇ですごし、葛藤が大きい人の方が強い、という意味です。
一般に量を追い求めているとき、つまり売上、利益、規模の追求は戦いです。経営者は戦う姿勢が要求され、葛藤のエネルギーが強いほどうまくいきます。
従業員も、ノルマで締め上げるなど、厳しい戦いにさらされるので、葛藤のエネルギーの強い人ほど業績を上げる傾向があります。

一方、質を追求しようとすると、従業員の「やりがい」や「フロー」が大切になります。経営者は「存在のマネジメント」が要求されます。これは、不安が減ってこないと出来ないので、むしろ葛藤が邪魔になります。従業員も「フロー」に入るためには葛藤が少ないことが要求されます。
そこで使われるのが「葛藤のネガティブなエネルギー」ではなく、「フローのポジティブなエネルギー」なのです。

冒頭で述べた保育園経営者のAさんが、量(売上、利益、規模)の追求に走ったら、質がおろそかになったということはごく自然であり、使うエネルギーの種類が違うのです。保育園の場合には、戦いのエネルギーを使って量の拡大に走るということは、子どもたちの成長にとって良くない影響が出て来る可能性があり、注意が必要です。

Aさんの場合には、それに自ら気づいた事は素晴らしいと思います。「理想の保育」の追求も「フロー経営」の追求も、自らの葛藤を減らし、スタッフの葛藤を減らすことによって達成できる、という方向性が明確になりました。
すでに保育園の幹部を二人、社員教育として横田塾に送りこんでいます。
まだ時間はかかると思われますがこれから楽しみです。

 

天外伺朗

「総選挙と社会の進化」 2013年1月1日 No.69

明けましておめでとうございます
一昨年は大震災、原発事故があり、昨年は竹島問題、尖閣問題と続き、自民党の圧勝で終わりました。

直前の反原発運動の盛り上がりから見ると、選挙結果に対する違和感の声も多く聞こえてきましたが、いまの日本の民意が反映していることは確かでしょう。

今回の福島原発事故は、原子力村やその支配下にある学者たちの実体を明らかにし、国、科学、報道に対する信頼を失墜させました。戦後67年年が経過し、日本の社会ははたして進化してきたでしょうか。
昨年10月のメルマガ(天外レポートNo67:尖閣問題と社会の進化)で取り上げた「社会の進化」の問題を、もう一度掘り下げてみましょう。

北朝鮮や中国のように「国民を洗脳しないと体制が維持できない」社会より、今の日本の方が進化した社会であることには、あまり異論がないと思います。
「洗脳」は、依存の残った「中期自我」というレベルに人々を押しとどめてしまいます。国の扇動に乗って、軽々しく反日デモで荒れ狂うのは「中期自我」の人たちです。

中国は、天安門事件のときには、依存を脱して独立を達成した「後期自我」のレベルの人がかなり育ってきたように見えましたが、その後の弾圧によって社会の進化は遅れました。中国にはまだ、「中期自我」の人が溢れている証拠が昨年の破壊的な反日デモです。

ただ、私が個人的に知っている中国人は、国の洗脳政治に批判的な人ばかりであり、例外なく「後期自我」のレベルにまで育っています。
サッカーの岡田武史、前日本代表監督は、いま中国の地方チームの監督をやっておられますが、尖閣問題の影響はまったくなく、人々は親切で熱狂的にサポートしてくれている、といっておられます。

新聞報道だけ読んでいるとわかりませんが、中国社会は国の洗脳政治にもかかわらず、「後期自我」の人たちが少しずつ育ってきており、底辺から社会が揺れています。
「後期自我」の人口が一定以上に増えると、今のような強圧的な政治はできなくなり、外からも社会の進化が見えるように枠組みが変わるしょう。
このように、人々の意識のレベルが少しずつ向上し、次のレベルに達した人が一定以上になった時に、古い体制が壊れ、誰の目にも社会の進化が見えるようになるのです。

さて、ひるがえって日本の社会はどうでしょうか。
信じたくないかもしれませんが、戦前までは全体主義、軍国主義のとんでもない洗脳政治だったので、社会の進化という意味では今の北朝鮮と同じレベルだったと思います。
安保の風が吹き荒れた40年前は、会社の中のほとんどの社員は、上司の命令に忠実で、滅私奉公をする「中期自我」でした。つまり、戦前の洗脳政治の後遺症が、まだ残っていたと思います。

いまはどうでしょう?ひとつには、年功序列、終身雇用、面倒見の良い日本型の経営スタイルが崩れて、いつリストラされるかわからない不安定な雇用状況になったせいもありますが、会社に対して依存心が残っている人はめっきり減りました。
親や配偶者や宗教などに、まだ依存している「中期自我」のレベルの人は、かなりの数いますが、圧倒的に独立心のある「後期自我」のレベルが増えてきました。

「後期自我」の人は、他人に対する依存を脱したレベル、と書きました。さらに詳しくいうと、表面的には立派な社会人というペルソナ(仮面)を演じていますが、深層意識には巨大なシャドー(影=抑圧された部分人格や衝動)のモンスターが隠れている、というレベルです。
いわば、人間に化けた狸がズボンの下に巨大な尻尾を隠しているようなものです。

特徴としては、常に何かに戦いを挑んでいないと精神が安定せず、多くの場合「悪」と戦う「正義の味方」に自分を同一化します。したがって、自分とは意見の違う人たちを「悪」と決めつけて粉砕しようとする傾向があります。
また、自己顕示欲が強いことが多いです。

戦後の平和な67年のお陰で、日本は「中期自我」から「後期自我」に向かう成長を遂げた人が増え、それに伴う社会の進化をしっかりと歩んできたと思います。
つまり、北朝鮮や中国がこれから直面しなければいけない社会の大きな変局点は、日本では既に過去の話であり、その次のレベルの社会へと移行しつつある、というのが私の見解です。

「後期自我」の次のレベルは、シャドーのモンスターが少しおとなしくなった「成熟した自我」と呼ばれています。
やたらに戦いを仕掛けることがなくなり、自己顕示欲が少なくなり、自分と違う意見の人とも溶け合えるのが特徴です。
東北にボランティアに行っていた若者たちと話すと、この「成熟した自我」に達しているな、と感じる人が多く、日本も次の社会の変革に差し掛かっていることがよくわかります。

昨年10月のメルマガに書いたように、「成熟した自我」まで達した人は自己顕示欲が希薄なので衆議院選挙に立候補することはないでしょう。でも彼らも投票権があるので、選挙結果を見れば、「成熟した自我」の人口比率がわかるはずです。

もちろん、候補者は全員「後期自我」ですから、「成熟した自我」の人たちが本当に投票したい人はいないかもしれません。
そういう視点で、今回の総選挙の結果を見ると、不謹慎だと叱られそうですが、投票率の低さは社会の進化の証かもしれません。

原発に関して言えば、推進派は経済成長を最も重視しており、いまの競争社会の価値観を肯定している「後期自我」の人が多いでしょう。
「成熟した自我」の人は戦いを好まなくなり、経済的な発展にあまり価値を見出さなくなります。そういう人が増える、次の社会は競争がゆるやかになり、GDP(国内総生産)が下がり、原発がなくなるという方向性を持っています。

しかしながら、反原発派のほうが進化した人類かというと、そんなことはありません。多くの反原発論者が、原発推進論者のことを「人命の尊重より、経済原理を優先する、とんでもない連中だ」と否定し、粉砕しようとしています。
これは、自分と違う意見の人を許容できず、すべてを「正義と悪」という構図にあてはめ、自分を正義の味方に同一化している「後期自我」の典型的な思考パターンです。

1970年代の石油ショックの時、産油国に経済の首根っこを抑えられたらかなわないと、日本は全面的に原発推進に舵を切りました。同時に、クエート大使を外務省ではなく通産省から出すなど、石油が安定的に供給されるための手を次々に打ちました。

私自身は、生理的に原発が嫌いで、そのときに東京湾に巨大な堤防を築いて潮汐発電をするという、大規模クリーン・エネルギー開発のプロジェクトを推進しました。いわば、チェルノブイリや福島以前からの筋金入りの反原発論者です。
だからといって、原発推進派を非難しようとは思いません。
彼らも、真剣に日本の将来を憂いて、知恵を絞ってきたのです。

手塚治虫は「鉄腕アトム」のころまでは「正義と悪」の対決を書いており、「後期自我」だったと思いますが、『火の鳥』あたりから「成熟した自我」に成長しています。
宮崎駿のアニメは、「正義と悪」の呪縛にとらわれていません。

いま日本が直面している社会の進化は、「正義と悪」というステレオタイプの思考パターンから抜け出し、意見の違う人達がお互いに尊重し合い、共存できる社会へ向かっています。
まだしばらく過渡期が続きそうですが、新しい年を迎えるにあたって、次の社会に向かう希望あふれる道を、皆さまとともに歩んでいきたいと思います。

 

天外伺朗